出店する意味~ばら祭り終えて

18,19の二日間
今年も福山で最大のイベント

《福山ばら祭り》が開催され
けんちゃんのいりこ屋は
今年も出店させて頂きました

けんちゃんのいりこ屋

特に日曜日はパレードもあり
なんとか雨も降らず
たくさんの人出でした 😀

毎年、恒例で行っていた
チイチイいかのつかみ取りを
楽しみに来られる方も多く

年々漁獲量が減り値段も高騰
イカを確保するのが大変な状況を伝えると
とても残念そうです 😥

代わりに今年行ったのは・・・

《あみえび盛り放題》

けんちゃんのいりこ屋山盛り盛って500円!

自分で盛ってもOKですよ♪

けんちゃんのいりこ屋あみえびは海老の旨みたっぷりの
出汁が出るので

炒め物、和え物、酢のものなど
なんにでも使えて便利!

焼きそばの仕上げには必ず使います♪
冷蔵庫にあれば重宝しますよ 😉

《混ざりちりめんのザル盛り》

けんちゃんのいりこ屋年々ちりめんも漁獲量が減り
時期もずれたりで
高騰しています 🙁

少し不揃いだったり
粗めだったり
はぜ子やうるめ
イカや海老が混ざっていると

お安く販売することができます!

進物用には向きませんが
家庭用にはおすすめです 😉

粗いちりめん
乾燥ちりめんは

野菜と一緒に炒め物、酢のものなど
もちろんそのままムシャムシャ
召し上がってくださいね!

今年も友達のもりもりさん
(と私が呼んでいる) 😆 が

手伝いに来てくれて
お陰で随分と楽でした♪

ちょっと抜け出して
私もお買い物 😛

《こだま食品》さんの
切り干し大根の詰め放題

福山ばら祭押さえたら驚くほど入っちゃう~ 😯

福山ばら祭夢中になって詰める詰める(笑)

福山ばら祭うわ~こんなに!!

これで100円ですよ~♪

原料は宮崎県産の大根で
母に分けてあげたら早速炊いて
とても美味しい切り干しだったと
喜んでいました 😉

あっという間に人だかり

福山ばら祭

この投稿を見た友達が翌日

福山ばら祭

なんと!
病み上がりと病み始めだとか 😆

恐るべし!
詰め放題の魅力 😯

物産協会の会長さん
《勉強堂》会長から

もったいない市で
饅頭の詰め放題やってるから

と聞いてこちらも挑戦♪

制限時間2分で500円!

福山ばら祭1個250円のお饅頭が
11個入りました! 🙄

こちらも翌日友達が2回分
11個+11個で
合計22個ゲット!

ばら祭り

 

隣のブースの
《西日本食品》さんでは

福山ばら祭な~んと!
全品35パーセント引き!

社長、太っ腹 😮

毎年、必ず購入するのが
《松永下駄工房》のい草の草履

看板娘さん(母)の必需品
私も夏場は室内履きにしています

福山ばら祭今回は4足購入♪

福山ばら祭一日目の夜の撮影なので
足がパンパンです(笑)

これ、はき出したらやめられません!
スリッパよりも歩きやすく
膝も楽なんです 😳

松永まで買いに行けない方は
東深津の《地場産業振興センター》でも
展示販売しています 😉

物産協会のブースでは
お世話になっている三河屋さんの
商品も委託販売

福山ばら祭今年7年間勤めた事務局長さんが
退職されたので

新任の事務局長さんは初めての販売

たくさん売れていたら良いなあ~ 😕

普段は珍しい物や初めての物を
試したくなる私ですが

このときの食べ物だけは
毎年変わりません!

タイ料理《パーパイタイ》の

福山ばら祭
パッタイ
翌日はグリンカレー

福山ばら祭タイ人のシェフが覚えてくれて
片言の日本語で「ゲンキデスカ」と
声かけてくれました 😀

友達で鞆のお肉屋さん
プラウドフーズの息子さんがされている
《とり将》のレモン唐揚げ

福山ばら祭

外はサクっと、中はジューシー

たくさんの店舗が出店されて
あれもこれもと目移りしてしまいそう~

他県からの出店者もおられ

福山ばら祭
負けない!ふくしま

福山ばら祭

ドレッシングや炊き込みご飯の素など
数点お買い物して復興支援!

 

福山ばら祭り

最初に出店したのは
いりこ屋としてではなく

今から20年くらい前のこと

広島から引き揚げてきた
母の店の商品をフリーマーケットで販売

ついでに自分の独身時代の
パンプスやアクセサリーなんかも
破格値で!

(このとき、うっかり夫からもらった
ネックレスを100円で出して怒られた)笑

姉と母と一緒に出店したっけ
思い出すと懐かしい 😳

今は物産協会から特産品コーナーで
販売させてもらっていますが

出展料は昔に比べるとかなり
上がっています

いつまで出ることができるか・・

母に鞆のお店を任すことができなくなったら
その時は催事もできなくなるでしょう

いずれは必ずやって来ます

今は、できるだけできる限り出店して

お客さんと顔を合わせ言葉を交わすこと

美味しいものお買得なものを提供して
喜んでもらうこと

そうすることが自分たちにとっても
やりがいと生きがいに繋がっています

今年のばら祭りにも
たくさんの友達が来てくれました

福山ばら祭福山だけでなく
三原や東広島、広島からも
福山ばら祭

いりこ屋のTシャツを
着てきてくれてありがとう!

福山ばら祭差し入れも持って来てくれたり

福山ばら祭

写真はほんの一部ですが

他にも多くの友達や知り合いが
元気を届けてくれました 😮

息子のサッカー時代の保護者の方や

娘の同級生でやんちゃしていた子も
立派なお父さんになっていて

まるで我が子のように嬉しくて
昔を懐かしく思い出しました 😳

 

福山ばら祭り

ここは、年に一度
お世話になっているお客さまに
感謝の気持ちで奉仕し喜んでもらう日

そう私は考えていますが
それに加えて

お互いに元気でいることを確認し合い
また会える日まで元気でがんばろうと
約束する場所でもあると感じました

ばらの街、福山は今
薔薇がまっさかり

福山ばら祭毎年、一日目を終えて
写真を撮るいつもの場所で

今年も夫に撮ってもらいました

福山ばら祭

むむむ・・・
ちょっと元気なさそうな 🙄

こちらは2015年の写真(4年前)

ばら祭り薔薇も私も勢いがありますネ! 😆

その年により
花のつき具合はいろいろだけど

毎年時期が来ると
必ず花開く薔薇の花

福山ばら祭一年前は居たはずなのに
今年は二度と逢うことも叶わなくなった
大切な人たちのことを偲びつつ

福山ばら祭天国でもっともっと素晴らしい

生きている者たちがこの世で
見ることができないような

そんな美しい空や海や花や
光り輝く景色を
眺めていますように・・・

福山ばら祭生きている私たちが
心穏やかに心身共に健やかに
日々を過ごすことができますように

来年も必ずお会いしましょう 🙂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

令和元年、父母の故郷へ

父母の故郷へ
数十年ぶりに訪ねたのは
三年前のちょうど今頃でした

最近また母がよく
自分が生まれ育った場所へ行きたいと
しきりに言うようになり

一方わたしは
母の故郷から30分奥の町の
父の故郷のお墓が
とても気になっていて

忙しかったゴールデンウィークも
終えた翌日

ちょうどその朝帰省してきた
長男も連れて夫と母の4人で出かけることに

島根まで続く、やまなみ街道ができたお陰で
口和ICまで1時間半くらいで到着です

ここからはお店もコンビニも無いので
まずは、早めの昼食をとることに

 

君田温泉の道の駅へ

君田君田温泉は有名

温泉に入りたいのは山々だけど
ゆっくりはしてられないから
今回はパス! 🙁

君田おやつに焼きたてパンを買って

比婆牛が食べたかったけど
どうやらここには無いようで

ポークがおすすめとのこと

君田母はお刺身定食
それ以外3人はポークカツ定食で

 

そこから15分走ると
母の故郷、口和町

今では家もなく身内もいない
かつて父が教師をしていた小学校の裏に
古い時代のたくさんのお墓が残るだけ

坂口家・・と記された墓はひとつもなく
名も無きお墓たち 🙁

故郷この墓は元々はこの土地に
バラバラに点在していたのを

近くに住む遠い親戚が
寄せてくださったらしい

故郷

花びらが舞い
昔懐かしい山を見つめて
母が目を細める

故郷

急に、みっちゃんに会いに行く
と言い歩き出す

坂道を下り上り
玄関のベルを押すと

中からどこかで見たような
おじいさん

父の仏壇を世話してくださった方らしい
その昔は仏壇屋さんだった

その奥さんが目を丸くして
母の姿によほど驚いたらしく

「れいちゃん?本当にれいちゃんなん!
あの綺麗だったれいちゃん!?」

そう何度も何度も言っては
信じられない様子 😆

母が化粧もせず
あまりにもよく太っていて
昔の面影がなかったみたい :mrgreen:

 

同級生や一緒に遊んだ友達の名前が
まるで頭の中の霧が晴れたかのように
次から次へと出て来る母

記憶が一気に蘇ったようだ

あれも死んだ
これも死んだ

と、そのみっちゃんは言う 😥

故郷わずかな時間だったけど
これからも元気でいようと
握手を交わして次へ向かうことに

口和町から約30分

父が生まれ育った比和町へ

三年前はぐるぐると探し回ったけど
今回は住所がわかったお陰でスムーズに到着

故郷
子どもの頃、一度だけ訪れた時
見た光景

牛はもういないけど
牛舎は昔のまま

車の音を聞いて
家の中からおばさんが飛び出してきて
母の顔を見るなり喜んでくださった

おじさん(父のお兄さんで長男)は95歳

寝たきりになって6年
喋ることもなかなか難しいし
耳も遠くなっていた

それでも、おばさんが
「定さんの下の娘ともこよ」
と耳元で大きな声を出すと

ゆっくりと口を開けて

さだむは・・・

かしこい・・・

さだむは・・・

いちばん、かしこかった・・・

おじさんも教師をしていたらしい

たくさんの兄弟がいる中で
一番勉強ができた父を医者にさせてやろうと
大学受験をさせてくれた

でもちょうど戦時中
原爆投下の混乱の中

父は医学部を断念した

そして、口和で小学校の教師をして
下宿先の娘(当時高校生の母)と恋に落ちた

母は、父親も母親も早くに亡くし
祖父母に育てられたため

父の父母は二人の結婚に反対で
駆け落ち同然で広島へ

その程度の話は私も知るところ

実際はもっとすごい人生のドラマが
ありそうだけど

母は格好の悪いことは話してくれない

どちらかというと秘密主義
最近ようやくぽつりぽつりと話すことも

実際、反対されていたことで
この田舎にもほとんど来ることはなかったのだろう

それで、父が亡くなった時
父方の家紋もわからず

お墓に自分の家紋を彫ってしまい 😆

父の兄弟に
家紋が違う、と指摘されたのだった! :mrgreen:

気になっていた家紋の話をすると
おばさんが教えてくれた

《二重亀甲の三引き》

本家は神社で、そこの社紋だという

そうだったのか

もし、父が生きていたら
先祖のことや他にも残すべきこと
伝えていくことを

きちんと整理して教えてくれたことだろう

なんの因果かわからないけど
私は結婚したにもかかわらず

姓は変わらないまま

たまたま結婚した相手の国
韓国が夫婦別姓の国だからだ

それでもおばさんは
私がこの姓を継いでくれていて
とても嬉しい、と言ってくれた

 

今では畑も田んぼもできず
草がいっぱい生えた中に

つくしやわらびがあちこちに

故郷

長男はわらびご飯が大好きで
ちょうど食べたかったらしく

たくさん採らせてもらっていた

故郷
まむしが出るよ~と言われても
わらびとりに夢中の長男 😆

故郷

おじさんとおばさんに
来年もまた来ますと約束して

故郷向かったのは
気になっていた
父の先祖のお墓まいり

家紋もわからないほど
苔が生えていて

故郷軍手で丁寧にはらっていたら

くっきりと現れた家紋

故郷こんな家紋だったとは
この歳で初めて知りました 😯

先祖代々のお墓が立ち並ぶ
山の中腹

故郷

辺り一面草だらけで
まずは草取り

故郷

 

ここに眠る先祖の方々から
命が繋がって私がいて

その先に、あなた(長男)もいる

そのことをしみじみ噛みしめながら
長男もがんばって草抜き

あれ、いつの間にか
ふたりでまたわらび採ってる?(笑)

故郷空を見上げると雲ひとつ無く
吸い込まれそうな青い空

故郷来て良かった
今日こうして母を連れて
長男も連れて来れて良かった

そして、何よりも夫にありがとう 😮

その夜、ショックな出来事が・・

長男が大学から約6年間
つきあっていた彼女と別れてしまったこと

可愛くて賢くて
素直でしっかりしていて

長男にはもったいないほどの
すてきなお嬢さんでした

てっきりこのまま結婚するのだと
思っていたから

夫も私もショックで
悲しくて 😥

彼女もきっと思い描いてくれた
私たちが何度も想像した
幸せな家庭を

長男は思い描くことは
できなかったのか

残念で仕方ありません 🙁

その時ふと思い出したのは

かつて私が若かった頃
どうしても結婚に踏みきれなかったときに
母が言った言葉

どうしていけんのんね
あんなにいい子を
どうして・・・

《因果応報》

そんな言葉がふとよぎった
一日の終わりなのでした

10連休終えて

今年は10連休という
なんともなが~いお休み

鞆の浦にどれだけの人が訪れるのか
いったいどれだけ売れるのか

全く読めない状況でしたが

何年前だったか

途中で商品が無くなり
冷蔵庫もお休みで困った経験を生かし

今回は在庫を切らさないように
万全の体制で臨みました! 😉

結果、たくさんの方々に鞆の浦に来て頂き
予想以上に町並みが賑わいました 😆

常夜灯は必ずと言っていいほど
一番の撮影スポット

鞆の浦
雁木から見る常夜灯も

鞆の浦

連休中は、いりこ屋のお隣さんの
カヤック体験も大人気♪

鞆の浦

常夜灯へ向かうこの路地は
人気の撮影スポットのひとつ

鞆の浦

保命酒屋さんの杉玉が見えて
深津屋さんの暖簾が風に揺れる

反対側からは
こんな感じ

鞆の浦荷物を運びながら路地に入ると
カメラのシャッターが切られて
写りこんでしまったら恥ずかしい :mrgreen:

看板娘の母なら絵になるので
後に写真を持って来て下さることも 😀

保命酒屋さんの屋根には
この時期小さなお花が咲いてきて

鞆の浦ほそなが~くのびてて
珍しいので

これも絶好の被写体に 😉

狭い路地に入り込むとそこも
非日常の世界のようです

鞆の浦

 

連休中は、車が離合できなくて
いつも大変なことになりそうな道の数カ所に

交通誘導員さんが立ってくれていて
大変な混雑はありませんでした

鞆の浦女性の誘導員さんも多く

日が照りつける中で一日中
本当にお疲れさまでした 🙂

そして、イライラせずに
従って下さった皆さまにも感謝です 😳

これから鞆の浦は
もっと良くなる計画なので
もう少しお待ちくださいね!

10連休は85歳の看板娘さんと
夫のけんちゃんが交代でお店に出ました

鞆の浦蛭子さんが描かれた
れいちゃん 😆

れいちゃんによる
令和セールもやりました!

母をサポートしてくれたバイトの
えいこさんとキャサリンには
本当に感謝でいっぱい!

3,4,5日は連続でけんちゃんが
ひとりでがんばりました!

鞆の浦写真家、宮地信樹さんが
撮影してくださった写真 😮

おじいちゃん、おばあちゃんから
ひ孫まで

大家族での旅行も多く
見ていて嬉しい気持ちになりました

私たちは泊まりで旅行することは
難しいので

姉家族に頼んで母を連れて
お出かけしてもらいました

この場所に店を構えて15年
かつては二ヶ月でも休み無しで
店に立ってくれた母です

朝早く自分で歩いて行って
片付けて自分で帰ってくる

お陰で、子育て時代
お店を母に任せて

土日ごとにある
子どもたちのサッカーの応援にも
行くことができたのです

そんな母も歳をとり
送り迎えや店開きと店じまいも
手伝いがいるようになりました

母が連休三日間にお店を休むのは
今年が初めてで

母も戸惑ったようですが
これからは少しずつ楽に過ごして欲しい
そんな気持ちもあります

 

お店へ何度も補充で
行ったり来たりする中で

聞いた声

わあ~すごくいいところだなぁ

この景色、最高だね

そんな声を励みに
この町を誇りに思いながら
これからもがんばりたいと思います 😛

そして、夫けんちゃんも
よく頑張ってくれました

日本に来た当初は言葉も風習もわからず
どうしても私が前に出ていかないと
いけないことも沢山ありましたが

この連休で、感じたのは

もう私がでしゃばる必要はないなぁ・・

 

友達にほうれん草をたくさんもらったので
今夜はけんちゃんの好きな

ピビンパにしました!

ピビンパ秘伝のタレならぬ・・・

我が家のみそ?(笑)

ピビンパコチュジャンと味噌を
継ぎ足し、継ぎ足し 😆

ピビンパに必需品です

ピビンパ今回は酸っぱくなったキムチを
大根と一緒に炒めてみました

明日は定休日でもあり
一日仕事はお休みして

父と母の田舎に
お墓参りに行こうと思います