お姉さんたちがやって来た~③

初めての我が家で
お姉さんたちには
娘が使っていた部屋に寝て貰った

大きな窓は寝室と同じ東側にあり
日の出を見ることができる

一番下のお姉さんは
毎朝祈りを捧げるので
4時に起床

余裕で日の出を見ることができた

私も寝室から見ていたら
あいにくの雲がかかり

日の出

あぁ~

これは見れないかも?
と思っていたら・・・

外で声が聞こえる

ワッタワッタ

ワッタ・・・とは
直訳だと『来た』と言う意味だが

この場合は
(日が)出た!と意味する

日の出ほんとだ!
見えてきた!! 😆

 

夫と4人で鞆の浦を散歩する
予定だったらしく
既に家の外に出ていたのだ

やがて大きな声で
歓声が上がる 😯

日の出あ~良かった!

私も久しぶりに見たような 😮

4人が散歩に行っている間に
朝食の準備

韓国のお姉さんたちは
ご飯とキムチがあれば良いという

汁物があればなお良い

そこで、お土産に貰ったわかめを
水で戻し

わかめしっかりしたわかめ

味噌汁に

味噌汁
昨日、間に合わなくて作れなかった
ゴーヤチャンプルー

ゴーヤチャンプルー
うちのちりめんを使った
じゃこピーマン
朝食の定番

じゃこピーマン
お客さま用の
チョッカラ、スッカラを

チョッカラスッカラ箸置きは普通はしないけど
これも面白いでしょ 😆

散歩から帰ってきたら
夫が毎朝飲んでいるジュースを
飲んでみたいとのことで

この日は、ゴーヤとバナナのジュース

ゴーヤジュース
食後、お店に行く前に寄った母と
アリランを合唱♪♪

アリランアリランは日本人も知っている曲
と言うと

真ん中のお姉さんは
日本人が当時日本へ持ち帰り
自分の国の曲として歌っていたのかと
思ったみたいで・・・

実際、昔日本人は韓国の
歴史的遺産を持ち帰った歴史があった 😥

そこで、その思いを拭うために
私の子どもの頃のアルバムを探して見せた

 

そこには幼稚園の時
韓国の民族衣装チョゴリを着て
アリランを踊る私がいた

アリラン

当時は、アリランが何なのか
この衣装がどこのなのか
何も知らずに踊ったのだと思う

左から二人目が私

あの頃から周りと同じ事をするのが
嫌だったのか?反対だよね(笑)

アリランアリランアラリヨ~♪
アリラン峠を越えてゆく~♪

日本語とは違い
本当の歌詞はちょっと切ない

『私を捨ててゆくあなたは
十里も行かずに足が痛むでしょう』

 

その後は
夫が三人を連れて鞆の浦散策へ

とにかく暑いので
歩くスポットを絞り

常夜灯と対潮楼

かつて朝鮮通信使が訪れた鞆の浦
そんな資料が残されている
福善寺(対潮楼)はぜひ見て欲しい 😮

 

ウチのお店で母と記念写真

いりこ屋
お昼は、せんちゃんファームの
自然薯素麺を韓国式
コチュジャンとキムチで味付けして食べ
(バタバタして写真なし)

ここでまた失敗 😆

あろうことが、韓国料理には欠かせない
ごま油が無い!! 😡

いつもは買い置きまでしてるのに
忙しい時期でゆっくり買い物にも
行けてなかった・・・ 🙁

一番下のお姉さんが仕方ないから
オリーブオイルでもいいよ
ということで代用

が、しかし

皆さん馴染みのないオリーブオイルは
香りが鼻についていけなかったみたい 😡

食後、午後から福山城と周辺を案内する予定が
急な仕事が入る 🙁

ちりめんが足りなくなり
急きょ尾道へ出庫に!

真ん中のお姉さんが
着いていきたいと言うことで
夫に同伴 🙂

福山観光や買い物の時間が
取れなかったのと

一番下のお姉さんは
カトリック協会に行きたかったけど

今回は断念 😥

発送を終え、夕方外出

前の日にお願いしていた
お姉さんたちへのプレゼント

フラージュのブローチをもらいに
モンナカムラさんへ

モンナカの敦子さん
それとは別に
ストラップを作って
三人にプレゼントして下さった 😀

ありがとうございます! 😮

どちらも写真撮っておらず
残念・・・・ 😥

一番下のお姉さんが
洋服に興味がある様子だったので

私からひとつプレゼントすることに

特別な細い糸で織った
とても手触りの良い
タンクトップを気に入ったようで

モンナカモンナカさんご夫妻と記念撮影
よく似合っていました 😆

 

この日の夕飯はお寿司

韓国でも人気があるそうで
酢飯が苦手と思っていたのでびっくり!

 

回転寿司ここでもカンペー♪

翌日はもう韓国へ帰る日

三泊四日
うちへは二泊だけ

本当にあっという間 😥

朝は少し雲が多く
それでも綺麗な日の出が見れて良かった

日の出夜、沢山の虫の声や

朝、陽が昇る前の鳥たちのさえずり

鞆の海と空の景色

町並みや多くの神社仏閣

そのどれもお姉さんたちは
素晴らしい!と感動して下さった 😳

ちょうど無かったことを反省し
夜のうちに買っていたごま油で

韓国の人も大好きなズッキーニを
ホタテと一緒に炒めて

ズッキーニ簡単な料理だけど
美味しい!と言ってくださった

夫けんちゃんが畑で育てた

きゅうり、トマト、ピーマン
とうもろこしなどなど

お姉さんたちに食べてもらえて
本当に良かった 😉

 

最後に家の前で記念撮影

記念撮影

私も 😆記念撮影
空港へ向かう車の中で
お姉さんたちは大合唱♪

その歌声が心に沁みた 🙁

まさか弟がある日突然
日本の女と出会い結婚し

日本に移り住むなんて・・

いったい誰が想像できただろう

その責任の重さは
今回お姉さんたちが訪れたことで
より一層強く深く感じて

夫が日本に住むことを
決意してくれたことに
改めてありがとう 😳

 

お姉さんたちを空港で見送って
役目を終えた夫けんちゃんは
なんだかほっとした様子 😐

空港から三原市内へ向かう途中

あちこちに豪雨災害の爪痕を見て
心が痛んだ 🙁

自分に出来る支援を
続けていきたいと強く思いながら
横の夫の厳しい表情を見た

夫は車の中でお姉さんたちに

「自分は日本の友達や
困っている人たちのために
これから、出来る限り
助けてあげたいと思っている。」

と話していた。

 

福山への帰り道
夫けんちゃんも気にしていた
『おか西』で昼食をとることに

 

断水中もおにぎりとうどんを
提供してなんとか営業してこられた

夫が、もちろん私も
心から応援したいお店のひとつ

 

おか西

ざるそばは大将の手打ち

そびえたつエビ天は
何度食べてもまた食べたくなる

夫はエビ天を5尾特注?
ズッキーニの天ぷらがまた
絶品!

時間があったらお姉さんたちも
ここへ連れてきてあげたかった

ズッキーニ天ぷら
お姉さんたちと過ごした4日間

よほど神経を使って疲れたのか
帰りの車は私が運転
夫は大イビキで寝てしまった 🙄

わずかな時間だったけど

お姉さんたちはとても元気で
パワフル

大変な苦労をしてきたのに
よく食べてよく飲んで
よく笑ってよく歌って♪

 

「ヨルシミ サラヤデ~」

が口癖

思ってみたらこの言葉は
もう随分前から

出会う韓国の人がみんな
言っていたように思う

ヨルシミ サラヨ
ヨルシミ サラヤデヨ

ヨルシミ・・・一生懸命

サラヤデ・・・生きよう

 

お姉さんたちがやって来た~②

日本滞在二日目

湯来温泉から向かった先は
世界遺産、宮島

そこで、従姉と合流
一緒に案内してもらう

敬虔なカトリック信者の一番下のお姉さんは
鳥居もくぐらなかったそうで

夫けんちゃんは後から
その時の様子を話し残念がっていた 🙁

 

暑すぎて予定を早めに切り上げ
福山へ向かうと電話があり

慌てる・・・ 😯

なぜなら

間際までずっと荷物をしていて
迎える準備がなにひとつできていなかった

ちょうど仕事が休みだった
長女を呼んで

リビングの片付け、掃除

テーブルの上の仕事の書類を
とりあえず引き上げる

そして

お姉さんたちは初めての
我が家へやって来た 😀

玄関で
「オソオセヨ~」

(いらっしゃいませ)

と言って迎えたけど

この場合はふさわしくないらしく

「アンニョンハセヨ」で
良いらしい

予想通り
お土産には手作りキムチと
韓国海苔など

それぞれに用意して

どれが誰からだったのか
全くわからない状態 🙄

キムチ定番の白菜キムチ

キムチ胡麻の葉キムチ

キムチ大根、キュウリ、山菜など
いろいろキムチ

漬物唐辛子はつけていない
いわゆる漬物
日本で言う古漬け

韓国料理には欠かせない
コチュカル(唐辛子粉)二種
コチュジャン

コチュカル

韓国海苔韓国海苔

韓国海苔ふりかけ風
これも美味しい

わかめ巨大わかめの塊

新聞よりも大きい!

長いまま何度も水で洗ってから
スープなどに利用する

 

韓国ラーメン韓国で人気のラーメン

以前、韓国にいた頃
お店でラーメンを注文したら

インスタントラーメンが
鍋ごと出てきて驚いた 😯

母には高価な高麗人参エキス
珍しい鹿の角入り

私には韓国の化粧品を 😮

韓国化粧品昔のようなきつい臭いはなく
自然な爽やかな香り

夫けんちゃんには

カトリック教会のハンカチ?

ハンカチ信仰心を忘れないようにとの
一番下のお姉さんの思いが伝わる

 

夕飯はお姉さんたちを囲んで
歓迎会

もちろん母にも来てもらい
私の姉と義兄も招いた

ウチの長女と孫たち
そして婿さん

我が家へ着くやいなや
一番下のお姉さんが作ってくれた
『トトリムク』

トトリのはドングリのことで
ドングリの粉に水を混ぜて
鍋を火にかけ混ぜていると
寒天状に固まってくる

朝から思いの外時間が無くて
買い物にも出れず

こんな時は鞆の中で調達!

新鮮な魚を・・・・
と思っていたのに

この日、浜のおばちゃんとこの
船は出ていなかった 😥

ハモをフライ用に衣つけたのが
あったのでそれをもらい

困った時のお助け隊
鞆の友達美恵ちゃんに
今回もお世話に

持って帰って
お店のフライヤーで
カリっと揚げてくれた 😆

ハモ美味しそ~ 😮

これにはお姉さんたちも
美味しい!とつまみ食い

あとは、お肉
お肉と言えばもちろん

鞆のプラウドフーズさん

玉葱も切らし買い物にも出れないというと
プルコギ用に野菜も添えてくれた

プルコギ

後は、家にあるキャベツやピーマンを入れ
一緒に炒めるだけ 😆

席についてみんなで

カンペ~!

カンペーは乾杯のこと

歓迎会

お姉さんたちのキムチは必須
他の物はなくても
これは無くてはならないもの

 

いい調子でみんなで
食べたり飲んだりしていたけど

やがて問題が!! 😡

 

何かに腹を立てたか様子がおかしい夫が
ウイスキーをロックでコップにガバガバ

なになに?なんかあった?

明らかに飲み過ぎ
尋常じゃあない

あとでわかった話・・・

韓国では目上の人を大切にする國

食事をするときも先ずは
一番年上の人から

この場で言うと
私の母だ

そのことを知っていたはずの夫でさえ
日本にいるとそれは特に意識していなくて

わたしもまた、日本では当たり前のように
お酒を飲んでいる大人は大人でやってもらって

孫たちに先にご飯を入れてやったし
姉夫婦が持って来てくれたケーキも
ご飯を食べ終え退屈している孫たちに
先に出してやった

この光景がお姉さんたちには
とても異常に思えたらしく

夫けんちゃん
何度も注意されたらしい 😥

それと、韓国では婿と一緒に
お酒は飲まない、飲んではいけない?
らしく

このことは夫も知らなかったという

目の前で平気でお酒を飲み進める
婿さんにもビックリしたらしい 😯

國が変われば仕方がないけど
韓国で生まれ育った弟が
それが出来ていなかったことを
残念に思われたのかも知れないし

夫もまたそんな自分に腹が立ったのか

歓迎会は変な形でお開きとなった 😥

 

~つづく~

 

さくらから学んだこと

今日、16年間一緒に暮らしてきた
我が家のワンコ『さくら』が
天国へ旅立ちました

人間だときっとかなりの高齢
よく今まで病気もせず
元気でいてくれたなぁと思います

さくらは夫けんちゃんが
今の家に引っ越して間もなくの頃

お客さんの家で産まれた子犬を
貰ってきて

ちょうど桜の季節だったから
『さくら』と名付けた

若い頃はじゃじゃ馬犬で
3メートルの崖から何度も飛び降り
脱走したり

柵をしても囓って壊すの繰り返し

そのくせとっても臆病で
番犬にはならなかった 😆

動物病院へは年に一回
狂犬病注射ととフィラリアの薬
その時だけ

普段あまり構ってやれなかったけど
今日は古い写真を探して

思い出を振り返っています

子犬の時の写真はあまりなくて
一年後くらい
さくら後のおばさんは・・・
わたし(笑)

子どもと一緒に成長したさくら

さくら2003年12月
長男、小学校三年生かな?

さくらよりも先に我が家へいた
猫のミーちゃんに

気を使いつつも
したたかに生きる 😆

さくら
なんだかんだ言っても
遊び相手 😉
さくら

にゃん~♪とないたら
家の中に入れる
ミーちゃんが羨ましい

さくら
ミーちゃんが死んだ翌日
さくらは家の中に入ってきて
ソファで横になっていた! 😯

でも、家に入ったのは
それが最初で最後

いつもベランダか
冬の夜は車庫の中だった

さくらは子どもを4頭産んで
みんな優しい人に貰われた

最後に残った一番でっかいのは
隣町の友達がもらってくれて
最後まで大切に育ててくれた

里帰り?したときの写真

さくら
結局、子どもの方がみんな
さくらより先に死んでしまったけど
みんなとても
大切にして貰ったことがありがたい 😳

 

あの頃から15年

足も立たなくなり
散歩もままならず
直ぐに座り込むように

さくら7月3日
家の前の芝生に一緒に座って
風に吹かれた

いつもバタバタで
あまり遊んでやれなくて
ごめんね・・・ 🙁

一昨日、7月24日
いよいよ歩けなくなったさくらを見て
夫がなにやら作り出した

さくらお腹をのっけて
コロが足の代わりに進む・・

という構想

でも、もうね

前足で踏ん張る力も
もうあまりなくて断念 😥

昨夜は一晩中吠えていた

だんだん声は力なくなるけど
ずっと吠えて

二人で交互にベランダに出て
頭をなでて落ち着くのを待って

私より夫がそばにいると
しばらくは静かに寝ていた

朝、母が来て
さくら!と呼んだら
口をわずかに開けて反応

やっぱりかわいがってくれた
人のことは覚えてるのかな

夫が仕事で出かけて昼前に帰宅

それを待っていたかのように
深い呼吸を一度して

それがさくらの最後だった 😐

よく母が言うこと

『人は食べなくなったらおしまいだ』と

人だけでなく動物もそうだね

命の終わりを悟ると
身体もその準備をしているかのように

食べなくなり
やがて水も飲まなくなる

動かなくなり
じっとしてその時を待つ

もうじたばたもしない

静かに静かにその時を待つ

さくらを見ていて思ったこと
人間も本来は同じようにできている

きっとだれも病院のベッドの上よりも
自分の家の自分の部屋で

家族に見守られて
ただ静かに見守られて
最期の時を迎えたい

別れは悲しいけれど
永遠に生きるものはいない

それは動物も人間も同じ

確かに医療は発達して
寿命を延ばすことはできるかもしれないけど

私は自然に生き
自然に逝きたい

さくらを見てそう思った

すぐに夫は畑に深い深い穴を掘った

そして何十キロある?
墓石??をフーハーかついで

さくら

こ、こわい・・ :mrgreen:

あ、もしも私が急にいなくなったら
畑のどこかを探してください(笑)

夕方、長女が孫たちを連れて
お花を持ってやって来て

さくら「さくら、ありがと」
と小さな手を合わした

約一名はバッタ取りに夢中 😆

さくら・・・

ミーちゃんの横で眠ってね

これはさくらがウチに来て
はじめての年賀状

たしか、パソコン習いはじめの頃

さくらこんな風に話してる

かも? 😆

とても寂しいけれど
いつかは別れがやって来る

夫が言った

「本当にこの家に二人きりになったなぁ」

母が言った

「動物の方が人間よりえらい」

さっき夫も言った

「人間は形あるものしか見ようとしないけど
動物は違う」

その時、母から電話がかかった

「ちょっと空をみてごらん
さくらが逝った今日はお月さまが綺麗なよ」

夜空

お姉さんたちがやって来た~①

西日本の豪雨災害から2週間後

韓国から、夫けんちゃんの
お姉さんたち三人が日本に来られた 😐

日本に来ると
連絡があったのは先月のことで

7月はちょうどお中元の繁忙期

丁寧におもてなしできる自信もなくて
どうしたもんだかとやや気は重かった 🙁

 

そして、7月6日の豪雨災害

広島で多くの犠牲者が出て
友達や知り合いで被災された人もいて

テレビや新聞ニュースを見るたびに
深い悲しみが襲う

書きかけのブログも止まったまま

気持ちのどこから力を振り絞り
仕事をすればよいのかと戸惑う日々

韓国でもこのニュースは流れていて

心配しながらも
お姉さんたちは来日された

一番上のお姉さんは76歳
おそらく最初で最後のつもりで

 

大雨の影響で数日間
荷物の発送が止まっていたのと

既存のお得意様に加えて
今年はちりめんを求める新規のお客さまが多く

発送作業に追われていた 🙄

 

そこへ

この春、定年退職した広島の従姉が
そんな私を助けてくれた 😀

 

温泉に入りたいという
韓国のお姉さんの願いを叶えるべく

空港からすぐにうちへは来ずに

湯来温泉に一泊することを提案
予約までしてくれた

翌日は従姉も合流して
宮島を案内してくれるという

これで、二日間
私は鞆にいて
少しでも多くの荷物が出せる~

まさに神・・・ 😆 

 

韓国のお姉さんたちは

昨年私たちが利用した
格安の旅客機エアソウルで日本に来られた

韓国の仁川はアジア最大の国際線
ハブ空港で

広すぎで複雑すぎて
昨年、夫とはぐれた私は

ぐるぐる迷い人になり
危うく乗り遅れそうになった 😥

お姉さんたちは夫から
そのことを聞いていて

早めに出て
遅れることなく無事乗ることができていた

 

大雨による土砂崩れで
通れなくなっていた高速道路が

それまでになんとか開通

空港へは夫が出迎えてそのまま広島へ

 

まず、平和公園を歩いて観て

平和公園原爆ドームの前で

平和公園慰霊碑の前で

豪雨災害の日から
連日出動中の広島に住む長男が

この日は休みで
顔を出せるということで合流

お好み焼きを食べる
わずかな時間を一緒に過ごした

お好み村初めてのお好み焼き

その感想はいかに?

なんと
ソースが辛い :mrgreen:

ということで
三人とも完食ならず 🙁

唐辛子の辛さは平気だけど
塩辛いのはダメみたいで

お好みソースは
かなり塩辛く感じたらしい 😆

ちなみに

夫けんちゃんが
日本に来て初めて食べて

美味しい!と思ったのは

スーパーの刺身と
玉子豆腐だったらしい 😯

 

その後、長男と別れて
4人は湯来温泉へ

 

山の中は涼しく
とても良いところだったと
喜んでくれた

随分昔に家族で行ったっきり

昔からある湯来ロッジは
建て替えて綺麗になっていると
従姉のお姉ちゃん情報

湯来温泉
和室でくつろぐ三姉妹

後で聞いた話だが

とんだハプニングがあったらしい 😯

お風呂は男女別々で付き添いもいない中
お姉さんたちは温泉の入り方がわかるのか?

韓国とは違うかも知れない
ルールを夫が事前に説明

その晩はなんとかちゃんと入り
気持ちよいととても喜ばれた 😳

 

問題は次の日の朝

早起きの三人は夫よりも先に温泉へ

そこで事件は起きた!

なんと

前の晩とは男湯と女湯が逆に
入れ替わっていた事に気づかず

お姉さんたちはそのまま男風呂へ

 

服を脱ぎ頭を洗っていたら
そこへ男性たちがご入浴 😆

きゃー!と言ったか

ぎゃー!と言ったかはわからないけど

驚いたのはおそらく男性の方で

出て行けと言っても
言葉が通じず

動こうとしなかった
お姉さんたち・・・

その後どうなったのか
詳細はわからないけど

ケンチャナヨ!(笑)

~続く~