13Nov
あの日もあの日も雨でした
大切な人が亡くなった日は
いつも雨が降っていた
昨日、雨音を聴きながら
やっぱりそうなんだと思った
母のたったひとりの姉妹
ひとつ上の姉
私からして伯母さんが
天に召された
最後になったのは
夏に母を連れてお見舞いに行ったとき
年内、もう一度連れて行ってねと
つい、二、三日前に母が言っていた
最近、昔話を
よくするようになった母は
幼い頃、自分が男の子にいじめられていたら
いつもお姉さんが
おっとり刀で男の子にかかっていった、と・・
その度に、『おっとり刀』ってなんだ?
と思いつつ 😆
伯母さんは裁縫をやっていたので
昔、私の『元祖』カープ女子時代 😉
赤い法被を縫ってくれた
当時はユニフォームなんて売ってなくて
好きだった北別府投手の
背番号20番も貼り付けてあり
友達の分も縫ってくれて
達筆の伯父さんが
襟に名前を書いてくれた
球場では結構目立って
ファンのおじさんたちに喜ばれた
高校時代 😮
この写真を今日の葬儀の時
従姉妹に見せた
参列した従姉妹の
息子のお嫁さんが着ていた礼服も
私の姪っ子が着て来た礼服も
伯母さんがかつて元気だった頃
縫っていたもので
それぞれに時代を越えて
受け継がれてゆくことを知った
伯母さんはいつも母だけでなく
私や夫のことも気に掛けてくれて
母を連れて遊びに行くと
母や夫にこづかいをくれたり
色んな物を持たせてくれたり
年に何度も荷物を送ってくれて
段ボールを開けたら
母の好きな
鯖缶、高菜漬け、ご飯パック、煮豆、黒飴
チョコレート
夫が好きな
エンゼルパイが必ず入れてあった
サッカーをテレビで観るたび
うちの長男の姿を探していると言った
プロじゃないのに・・・ 🙄
気に掛けてくれてることが
うれしかった
二年半前、母の生まれ育った故郷へ
母を連れて行ったとき
今はもう家もない土地には
以前はバラバラに点在していた
先祖代々の墓がきちんと寄せられてあり
帰ってから母は
「お姉さん、きれいにしてあったよ
安心しんさい。
いつか一緒に見に行こうね」
と話していた
葬儀の最後に演奏された
《故郷》を聴きながら
あの日、母と見た
風景を思い出し
涙があふれてきた
きっと母も
もう一度、二人が育った故郷へ
連れて行ってあげたかっただろう
小学校の校舎の裏に
かつて家があったという
人はこの世を去ると、まず
自分の心が望む場所を訪れるという
伯母さんの魂はきっと
生まれ育った故郷に帰り
私たちも見たあの風景を
眺めているんじゃないかな
志を はたして
いつの日にか 帰らん
山は青き 故郷
水は清き 故郷
雲から雨粒が地表に落ちてゆくように
この世に生まれた魂は
役目を終えて
水蒸気が天に昇ってゆくように
元の場所に還ってゆく
そんな風に思う
あなたもわたしも
だれしもいつか必ず
《追記》
このブログを書いて
翌日の朝方
伯母さんの夢を見た
20年前くらいの
ショートヘアの姿で
伯母さんが住んでいた
従姉妹の向かいの家の
玄関先で迎えてくれて
薔薇の剪定をしていた
何度も訪れたあの家は
今はもう無く
昨日訪れたら
孫の新築の家が建っていたけど
夢の中と私たちの記憶の中には
あの家で元気に動きまわる
伯母さんの姿がはっきりと残っている
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