令和元年、父母の故郷へ

父母の故郷へ
数十年ぶりに訪ねたのは
三年前のちょうど今頃でした

最近また母がよく
自分が生まれ育った場所へ行きたいと
しきりに言うようになり

一方わたしは
母の故郷から30分奥の町の
父の故郷のお墓が
とても気になっていて

忙しかったゴールデンウィークも
終えた翌日

ちょうどその朝帰省してきた
長男も連れて夫と母の4人で出かけることに

島根まで続く、やまなみ街道ができたお陰で
口和ICまで1時間半くらいで到着です

ここからはお店もコンビニも無いので
まずは、早めの昼食をとることに

 

君田温泉の道の駅へ

君田君田温泉は有名

温泉に入りたいのは山々だけど
ゆっくりはしてられないから
今回はパス! 🙁

君田おやつに焼きたてパンを買って

比婆牛が食べたかったけど
どうやらここには無いようで

ポークがおすすめとのこと

君田母はお刺身定食
それ以外3人はポークカツ定食で

 

そこから15分走ると
母の故郷、口和町

今では家もなく身内もいない
かつて父が教師をしていた小学校の裏に
古い時代のたくさんのお墓が残るだけ

坂口家・・と記された墓はひとつもなく
名も無きお墓たち 🙁

故郷この墓は元々はこの土地に
バラバラに点在していたのを

近くに住む遠い親戚が
寄せてくださったらしい

故郷

花びらが舞い
昔懐かしい山を見つめて
母が目を細める

故郷

急に、みっちゃんに会いに行く
と言い歩き出す

坂道を下り上り
玄関のベルを押すと

中からどこかで見たような
おじいさん

父の仏壇を世話してくださった方らしい
その昔は仏壇屋さんだった

その奥さんが目を丸くして
母の姿によほど驚いたらしく

「れいちゃん?本当にれいちゃんなん!
あの綺麗だったれいちゃん!?」

そう何度も何度も言っては
信じられない様子 😆

母が化粧もせず
あまりにもよく太っていて
昔の面影がなかったみたい :mrgreen:

 

同級生や一緒に遊んだ友達の名前が
まるで頭の中の霧が晴れたかのように
次から次へと出て来る母

記憶が一気に蘇ったようだ

あれも死んだ
これも死んだ

と、そのみっちゃんは言う 😥

故郷わずかな時間だったけど
これからも元気でいようと
握手を交わして次へ向かうことに

口和町から約30分

父が生まれ育った比和町へ

三年前はぐるぐると探し回ったけど
今回は住所がわかったお陰でスムーズに到着

故郷
子どもの頃、一度だけ訪れた時
見た光景

牛はもういないけど
牛舎は昔のまま

車の音を聞いて
家の中からおばさんが飛び出してきて
母の顔を見るなり喜んでくださった

おじさん(父のお兄さんで長男)は95歳

寝たきりになって6年
喋ることもなかなか難しいし
耳も遠くなっていた

それでも、おばさんが
「定さんの下の娘ともこよ」
と耳元で大きな声を出すと

ゆっくりと口を開けて

さだむは・・・

かしこい・・・

さだむは・・・

いちばん、かしこかった・・・

おじさんも教師をしていたらしい

たくさんの兄弟がいる中で
一番勉強ができた父を医者にさせてやろうと
大学受験をさせてくれた

でもちょうど戦時中
原爆投下の混乱の中

父は医学部を断念した

そして、口和で小学校の教師をして
下宿先の娘(当時高校生の母)と恋に落ちた

母は、父親も母親も早くに亡くし
祖父母に育てられたため

父の父母は二人の結婚に反対で
駆け落ち同然で広島へ

その程度の話は私も知るところ

実際はもっとすごい人生のドラマが
ありそうだけど

母は格好の悪いことは話してくれない

どちらかというと秘密主義
最近ようやくぽつりぽつりと話すことも

実際、反対されていたことで
この田舎にもほとんど来ることはなかったのだろう

それで、父が亡くなった時
父方の家紋もわからず

お墓に自分の家紋を彫ってしまい 😆

父の兄弟に
家紋が違う、と指摘されたのだった! :mrgreen:

気になっていた家紋の話をすると
おばさんが教えてくれた

《二重亀甲の三引き》

本家は神社で、そこの社紋だという

そうだったのか

もし、父が生きていたら
先祖のことや他にも残すべきこと
伝えていくことを

きちんと整理して教えてくれたことだろう

なんの因果かわからないけど
私は結婚したにもかかわらず

姓は変わらないまま

たまたま結婚した相手の国
韓国が夫婦別姓の国だからだ

それでもおばさんは
私がこの姓を継いでくれていて
とても嬉しい、と言ってくれた

 

今では畑も田んぼもできず
草がいっぱい生えた中に

つくしやわらびがあちこちに

故郷

長男はわらびご飯が大好きで
ちょうど食べたかったらしく

たくさん採らせてもらっていた

故郷
まむしが出るよ~と言われても
わらびとりに夢中の長男 😆

故郷

おじさんとおばさんに
来年もまた来ますと約束して

故郷向かったのは
気になっていた
父の先祖のお墓まいり

家紋もわからないほど
苔が生えていて

故郷軍手で丁寧にはらっていたら

くっきりと現れた家紋

故郷こんな家紋だったとは
この歳で初めて知りました 😯

先祖代々のお墓が立ち並ぶ
山の中腹

故郷

辺り一面草だらけで
まずは草取り

故郷

 

ここに眠る先祖の方々から
命が繋がって私がいて

その先に、あなた(長男)もいる

そのことをしみじみ噛みしめながら
長男もがんばって草抜き

あれ、いつの間にか
ふたりでまたわらび採ってる?(笑)

故郷空を見上げると雲ひとつ無く
吸い込まれそうな青い空

故郷来て良かった
今日こうして母を連れて
長男も連れて来れて良かった

そして、何よりも夫にありがとう 😮

その夜、ショックな出来事が・・

長男が大学から約6年間
つきあっていた彼女と別れてしまったこと

可愛くて賢くて
素直でしっかりしていて

長男にはもったいないほどの
すてきなお嬢さんでした

てっきりこのまま結婚するのだと
思っていたから

夫も私もショックで
悲しくて 😥

彼女もきっと思い描いてくれた
私たちが何度も想像した
幸せな家庭を

長男は思い描くことは
できなかったのか

残念で仕方ありません 🙁

その時ふと思い出したのは

かつて私が若かった頃
どうしても結婚に踏みきれなかったときに
母が言った言葉

どうしていけんのんね
あんなにいい子を
どうして・・・

《因果応報》

そんな言葉がふとよぎった
一日の終わりなのでした

10連休終えて

今年は10連休という
なんともなが~いお休み

鞆の浦にどれだけの人が訪れるのか
いったいどれだけ売れるのか

全く読めない状況でしたが

何年前だったか

途中で商品が無くなり
冷蔵庫もお休みで困った経験を生かし

今回は在庫を切らさないように
万全の体制で臨みました! 😉

結果、たくさんの方々に鞆の浦に来て頂き
予想以上に町並みが賑わいました 😆

常夜灯は必ずと言っていいほど
一番の撮影スポット

鞆の浦
雁木から見る常夜灯も

鞆の浦

連休中は、いりこ屋のお隣さんの
カヤック体験も大人気♪

鞆の浦

常夜灯へ向かうこの路地は
人気の撮影スポットのひとつ

鞆の浦

保命酒屋さんの杉玉が見えて
深津屋さんの暖簾が風に揺れる

反対側からは
こんな感じ

鞆の浦荷物を運びながら路地に入ると
カメラのシャッターが切られて
写りこんでしまったら恥ずかしい :mrgreen:

看板娘の母なら絵になるので
後に写真を持って来て下さることも 😀

保命酒屋さんの屋根には
この時期小さなお花が咲いてきて

鞆の浦ほそなが~くのびてて
珍しいので

これも絶好の被写体に 😉

狭い路地に入り込むとそこも
非日常の世界のようです

鞆の浦

 

連休中は、車が離合できなくて
いつも大変なことになりそうな道の数カ所に

交通誘導員さんが立ってくれていて
大変な混雑はありませんでした

鞆の浦女性の誘導員さんも多く

日が照りつける中で一日中
本当にお疲れさまでした 🙂

そして、イライラせずに
従って下さった皆さまにも感謝です 😳

これから鞆の浦は
もっと良くなる計画なので
もう少しお待ちくださいね!

10連休は85歳の看板娘さんと
夫のけんちゃんが交代でお店に出ました

鞆の浦蛭子さんが描かれた
れいちゃん 😆

れいちゃんによる
令和セールもやりました!

母をサポートしてくれたバイトの
えいこさんとキャサリンには
本当に感謝でいっぱい!

3,4,5日は連続でけんちゃんが
ひとりでがんばりました!

鞆の浦写真家、宮地信樹さんが
撮影してくださった写真 😮

おじいちゃん、おばあちゃんから
ひ孫まで

大家族での旅行も多く
見ていて嬉しい気持ちになりました

私たちは泊まりで旅行することは
難しいので

姉家族に頼んで母を連れて
お出かけしてもらいました

この場所に店を構えて15年
かつては二ヶ月でも休み無しで
店に立ってくれた母です

朝早く自分で歩いて行って
片付けて自分で帰ってくる

お陰で、子育て時代
お店を母に任せて

土日ごとにある
子どもたちのサッカーの応援にも
行くことができたのです

そんな母も歳をとり
送り迎えや店開きと店じまいも
手伝いがいるようになりました

母が連休三日間にお店を休むのは
今年が初めてで

母も戸惑ったようですが
これからは少しずつ楽に過ごして欲しい
そんな気持ちもあります

 

お店へ何度も補充で
行ったり来たりする中で

聞いた声

わあ~すごくいいところだなぁ

この景色、最高だね

そんな声を励みに
この町を誇りに思いながら
これからもがんばりたいと思います 😛

そして、夫けんちゃんも
よく頑張ってくれました

日本に来た当初は言葉も風習もわからず
どうしても私が前に出ていかないと
いけないことも沢山ありましたが

この連休で、感じたのは

もう私がでしゃばる必要はないなぁ・・

 

友達にほうれん草をたくさんもらったので
今夜はけんちゃんの好きな

ピビンパにしました!

ピビンパ秘伝のタレならぬ・・・

我が家のみそ?(笑)

ピビンパコチュジャンと味噌を
継ぎ足し、継ぎ足し 😆

ピビンパに必需品です

ピビンパ今回は酸っぱくなったキムチを
大根と一緒に炒めてみました

明日は定休日でもあり
一日仕事はお休みして

父と母の田舎に
お墓参りに行こうと思います

 

 

鞆の浦のこと

10連休の方も多いGWが始まりました

鞆の浦にも
観光に来られる方が増えています

昨日は観光鯛網も始まったこともあり
多くの人で賑わいました

私は、鞆の潮待ち軽トラ市へ
出店しました

軽トラ市早朝の軽トラ市
準備中もお客さんが歩きます

鞆の潮待ち軽トラ市は
毎月第四日曜の午前中

沼名前神社の境内にて
行われています

夏場はちりめんなど商品が
汗をかいたり
傷んではいけないので

涼しい時期だけ出店させて
頂いています

次は秋風が吹く頃の予定です♪

軽トラ市少し混ざりがあるような
お得なちりめんは
いつも完売 😉

軽トラ市好評のちりめん佃煮は
私の手作り

山椒が無いときは
レモンの皮で作ります

以前、姫路に住む友達が
各家庭の味だと
レモン入りのいかなごの釘煮を
送ってくれたのが

とても美味しかったのが
それがヒントで作るようになりました

ちょっとすっぱ甘いのが
好評です 😀

軽トラ市店舗の方は夫が出勤だったので
看板娘の母が初めて軽トラ市に

遊びに来ていました 😆

軽トラ市お客さんが通ると
落ち着かない様子 🙄

声を掛けずにはいられない~

いつものクセで・・・ 😆

この軽トラ市にはいつも
鞆の友達が手伝いに来てくれるので

色々と買い物に廻り
販売しながら自分も楽しんでいます 😉

とれたて野菜、果物
手作りジャム、豆腐
パン、コーヒー、卵
ケーキ、お弁当、餅
黒酢、黒ニンニク
カレー、ラーメン
花、アクセサリー
マッサージなどなど~

色んな出店があり楽しいですよ 😛

軽トラ市

季節のシフォンケーキと
手作りお弁当

軽トラ市昨日はよもぎのシフォンを♪

軽トラ市

デコポン詰め放題
なんと500円!

軽トラ市ジンジャーダイヤモンドさんの
新商品(生姜と苺)

10時からは、豚汁などの
振る舞いがあります

昨日はやきそば!

軽トラ市先に配る割り箸と
交換でもらえます 😆

珍しい野菜もあり

軽トラ市天ぷらにしてみよう!

購入した筍は早速茹でて

軽トラ市何にしよう?

炊き込みご飯は外せないかなあ~

筍
ふきは茹でて皮を剥いて

ふきあみえびと一緒に炊くと
とても美味しいです

わらびとふきとちりめんで
おむすびも美味しい!

ふき

春大根の葉っぱは
ちりめんといかなごと一緒に
ごま油で炒めて

大根葉味付けはその時の気分で
今日は
めんつゆとかけポン少量で!

お店では、最近入荷した
《チイチイいか》が大人気で

チイチイいか

まだ漁が少ないために
毎日25袋くらいの限定販売にしていますが

午前中には売り切れてしまうことも
しばしば・・・ 🙄

雁木から見る景色は
私が好きな風景のひとつでもあり

鞆の浦晴れていても清々しく

また、曇っていても

鞆の浦しっとりと
落ち着く感じです 🙂

この場所では、毎日
カメラやスマホで撮影する人の
姿を見かけます

 

今、鞆の浦では空き家の再生や
沼名前神社の能舞台の修繕など

早急にやらないといけないことも
沢山あり

この度、広島県と福山市が
「鞆・一口町方衆」応援プロジェクト

を立ち上げ
寄付金を募ることに

鞆の浦

常夜灯、波止、雁木、焚場、船番所跡
江戸期の港湾施設がこれほど
揃って現存しているのは

国内で唯一、鞆の浦のみ

これらを住民が受け継ぎ守り
後世に伝えていくことを
応援するプロジェクトです

詳細は下記HPをご覧下さい

鞆・一口町方衆

けんちゃんのいりこ屋がある
常夜灯に続く路地の界隈は

鞆の《西町》と呼び
雁木の奥に小さなほこらがあります

西町

多くの観光客が通る場所で
この前で手を合わせている方を
時々見かけることがあります

先日、若いお母さんが
小さなお子さんと一緒に
手を合わせる姿を見て
とても嬉しく思いました 😳

 

一部雁木の修復と可動式堤防の
工事も完了しました

大潮や台風で浸水する恐れがある時に
電動で稼働するそうですが

まだ見たことはありません 🙄

それと、雁木の近くの
茶屋蔵の隣の家の壁などが
修繕中です

ここは、ドラマ《流星ワゴン》の
中華料理屋ともなった家で

黄色い壁がレトロな雰囲気で
崖の上のポニョでも
それらしき建物が登場しました

そこに今掲げられている
これ、ぜひご覧になって下さい!

鞆の浦

宮崎駿監督が描かれた
未来の鞆の浦です

鞆の浦

鞆の浦で過ごした数ヶ月間で
監督が感じられたことは
たくさんあったのだと思います

この豊かな海と自然

貴重な歴史遺産
細い路地、町並み

これらを生かした観光と
住民の生活が

どうやったら
共存できるかを

感じるままに
描かれた鞆の浦

実現できたらきっと
素晴らしいことだと思います

左端に描かれているコレ

鞆の浦こんなのがいっぱい
使えるようになればいい・・・と

狭い鞆の道でも
高齢者や足の不自由な方などが
便利に移動できるように

これは実際、少し前に
鞆の浦モビリティーとして
6人乗りで実証実験され

アンケートを踏まえ
この度、アサヒタクシーによって
《グリスロタクシー》として
4人乗りで運行されることとなりました!

鞆の浦

これは全国初で、
全国版ニュースでも報道されました 😮

鞆の住民や観光客の方
誰でも利用でき

細い道や坂道もラクラク~♪

ただし、タクシーと同じく
料金はかかります 🙁

相乗りが経済的です

今のところまだ
利用客は少ない様子ですが・・・

 

監督の構想には

・空き家の隙間は緑の庭へ

・古い建物の正面はいじらない

・夜景の綺麗な街路樹の多い町づくり

・海面上昇に備えて2メートル地面を上げる

・室浜、小室浜はすてきなプライベートビーチに

などなど・・・

そして、こういう大人ばかりでは
後継者は育たない!と

まさに鞆の抱える問題点を
風刺しておられるように感じました

いろは丸沈没の際、
龍馬が政府と談判したと言われる
家屋《御宿いろは》は

ベンガラ塗り、ステンド硝子など
監督のデザインでオシャレでレトロな空間

食事処、カフェ
宿としても利用できます

御宿いろは

↑ ※鞆物語より

鞆の見所はたくさんあります

少しずつ紹介できたらと思います 😀

 

 

歩け歩け~♪仙酔島

ここ鞆の町では
毎年この時期に

《歩け歩け大会》が行われます

今年で第41回!

歩け歩け大会

以前はグリーンラインの山を
歩け歩け♪でしたが

近年は仙酔島に 😉

いつも我が家から見ている
これが仙酔島

歩け歩け大会

仙人が酔うほどに美しい島

と言われています 😀

医王寺の上の太子殿から眺めると
こんな感じ

歩け歩け大会

亀の形にも似ているとも言われます

実は、歩け歩け大会に参加するのは
初めて! 😆

珍しく夫が「一緒に歩こうや」
と言うので

目標は愛媛県の石鎚山

そろそろ筋トレの成果を
試してみようではないか :mrgreen:

仙酔島へは渡船場から
龍馬のいろは丸を再現した船
《平成いろは丸》に乗り

約3分くらいで到着します

歩け歩け大会遠ざかる鞆の町並み

山の麓に我が家の屋根も見える 🙄

降りたら遊歩道を歩いて

歩け歩け大会だれ?ゴルフの人(笑)

夫ですけど・・・ 😆

歩け歩け大会くぐっても良し
くぐらなくても良し

歩け歩け大会仙酔島は、昭和9年に
日本で初めて国立公園に指定された
瀬戸内海の中心にあり

歩け歩け大会かつての記念切手にも使われました

歩け歩け大会のお土産

歩け歩け大会100円で参加できて
お土産までもらって 😯

仙酔島は、夏は海水浴場で賑わい
一年を通してキャンプもできます

歩け歩け大会子どもたちが小さい頃は
毎年のようにここにキャンプに来ました

山が苦手な人でも
誰でも手軽に体験できるよう

冷暖房完備
食材も器具も全て必要な物は
揃えてもらえます

夫はサバイバルしたい人なので
ここでは満足できませんでしたが(笑)

キャンプ場の横から山へ上がって行きます

この日の約束は・・・

私を絶対に置いていかない
速度を合わせて歩くこと!

(夫にとっては拷問だけど~) 😆

なのに、早速!!! 😡

歩け歩け大会

お~い!

桜はもう終わっていて全く見えないのに
道にはたくさんの桜の花びら

歩け歩け大会

柏の葉っぱ

歩け歩け大会そういえば・・・

子どもの頃、家族で山へ行き
柏の葉っぱを採って帰り
母が柏餅を作ってくれたっけ

このつるつるした葉っぱを見たら
宝物のように採りたくなるけど

ここはガマン! 🙁

途中、蝶の通り道があります

歩け歩け大会以前、NHKでも特集されたそうです

歩け歩け大会ここから大弥山へ

引き返す人が多数の中
もちろん行くでしょ、の
夫に付いて

ここから坂が急になっていて
し、しんどい・・・ 😥

足腰は以前に比べたら
全然大丈夫なんだけど

息が苦しいのは
心臓か肺か?

それとも、太り過ぎか 😆

そこからさらに15分くらい歩くと

展望台に到着~♪

歩け歩け大会私たちより先に着いていた
おじさんが

「こんな景色が見られるなんて
来て良かった!」とひとこと 😛

吹く風も心地よく

あ~きもちいい 😳 

帰りは彦浦と呼ばれる
島の反対まではいかないけれど
海岸沿いに降りて

歩け歩け大会
目の前には海!

 

歩け歩け大会ここは昔、海水浴の隠れスポット
船を降りてすぐの田ノ浦よりも
人が少なくてプライベートビーチのようでした

今はどうなんだろう?

昔と違って遊歩道が
綺麗に整備されており

歩け歩け大会とても安全になっています!

途中、モネの池のような?
海水?真水?

歩け歩け大会IMG_8132[1]有名になった五色岩

IMG_8132[1]地盤の変動によってずれ動いた
断層を見ることができます

仙酔島
15分くらい歩くと

田ノ浦、国民宿舎が見えてきます

仙酔島海岸では子どもたちがはしゃぎ

仙酔島来年は孫たちも連れて来よう

広場では、鞆の役員の方々による

歩け歩け大会

飲食コーナーもあり

歩け歩け大会焼きそば、おにぎり
鶏のちゃんこ汁など

お腹いっぱい食べて

さて、帰って仕事~ 😆

 

よくTVに出る江戸風呂の所にある

仙酔島の塩を使った《塩ソフト》

仙酔島鞆と言えば鯛めし

鯛めしを丸めた
《鯛めしボール》

仙酔島

仙酔島は、今では
感謝グループが管理していて

いろいろと施設があります

キャンプ場も国民宿舎も
通常ホテルよりはお安いので

お子様連れの人には
良いかもしれませんね

夏は、海水浴、キャンプ
バーベキュー、釣り、登山
などなど家族で遊べます♪

キャンプを利用すると
館内のお風呂は無料で使えます

それにしても、なんだか
若い女子たちが多いなあ~

と思ったら

どうやら・・

こういうことらしいです 😯

仙酔島パワースポット巡り

なにかを感じるかどうかは?
その人次第

わかりませんが

仙酔島もっと詳しく見てみたくなりました

仙酔島

4月27日から5月26日まで

観光鯛網が始まります

ここ仙酔島で
おとひめさまの舞いを見た後

鯛網がスタートします!

昔からの伝統漁法で
観光船から見ることができ

とれたての魚は船の上で
買って帰ることもできます 😮

 

 

 

 

ずっと逢いたかった

年に一度の広島、夢ぷらざでの販売は
今年も抽選で二回行くことができました

中でも、奇跡的に入荷した
《いかなご》が良く売れました! 😛

夢ぷらざここへ来ると必ず立ち寄るのが
同級生のお店《etone》

エトネ三種類のランチから選べます

店内はいつもいっぱい 😯

エトネ何種類ものおかずは
全て手作り

しかも、陶器まで
彼女の手作り

エトネそして、パンランチのパンも
手作り! 😆

こうして外へ出て販売していると
友達が来てくれるのも楽しみのひとつ

夢ぷらざ
夢ぷらざ

 

 

昨日は、なんと!

およそ45年ぶりに仲の良かった
友達と会うことができたのです 😀

ずっとずっと
会いたかった友達です

あだ名は合ちゃん♪

ちなみに私は
とんちゃんでした 😛

特に3,4年の頃
いつもひっついて二人で遊んでいました

何をするのもどこへ行くのも
ずっと一緒♪

彼女が小学校5年生で
岡山に転校してから

文通を続けていたけれど

高校になって、やがて
どちらともなくやりとりを
やめてしまっていた

私にはちょうど彼氏ができたり
一番キャピキャピしていた時期で
疎かにしてしまったのだと思う 🙁

だけど

大人になってからもずっと
忘れたことはなく

会いたくて
居場所を知りたくて

何度となく
ネットやSNSで名前を検索したけど
何の手がかりもなく諦めていました 😥

それが・・・・!!

 

2月4日

中学の同級生Nくんの葬儀を終え

広島からの帰りの電車の中

人前では滅多に涙を見せない私だけど
涙が溢れて止まらず

目の前のおばちゃんが驚いて
話をやめてしまうほど
何度も何度もハンカチで涙を拭いていた

その時

友達からメッセが・・・

 

なんでも

前の日の通訳ガイドの研修で
たまたま隣同士になった女性と話していて
小学校の時、私と仲が良かったことを知った
そしてとても会いたがっているとのこと!

そうです!

奇跡です!!

こんなことがありますか!

しかも、こんなタイミングに 😯

メッセをくれたE子さんは
私の幼なじみの
カルフォルニア在住のM代ちゃんの
高校の時の友達で

中学は同じだけどクラスが違うと
全く交流はなくて

フェイスブックを始めてから
M代ちゃんを通して知り合い

そのE子さんが研修で
たまたま隣に座ったのが合ちゃんだった!

あの日の電車の中での私を見ていた人は
きっとどうしたのかとビックリしたでしょう

哀しみの涙が今度は
一気に喜びの涙へ 🙄

E子さんは
「こんなときにごめんね
悲喜こもごも交錯で」
と言ったけど

いえいえ希望の光です!
その時、神さまを感じたんです

宗教家ではないけど

心の中で何度も何度も

あぁ、神よ
感謝します

そう叫んだ・・・ 😳

あれから、合ちゃんとラインで繋がり
昔の思い出を語り合いました

 

 

今でも私の宝箱に
大切にしまってあるのは

思い出これが宝箱 :lol:(笑)

父が遺した手紙と

亡くなったNくんからもらった
二通の手紙と一枚の年賀状

そして、合ちゃんからもらった
手形を押した紙と

これ!

思い出

合ちゃんの手作り

いつ頃もらったのか定かではないけど
すごく上手に作ってあって
汚さないように大切に取っていた 😉

 

アルバムに残された
合ちゃんとの写真はこの二枚

思い出友達の誕生日会にて

上段右端がわたしで
下段左端が合ちゃん

 

思い出こちらは隣同士で並んで

父は厳しい人で誕生日会などへ
なかなか行かせてはくれなかった

このときも行かせてもらえなくて
泣いていたら

母が父に頼んでくれたんだった

 

合ちゃんは私にとって
特別な存在で

ずっと会いたかったし

合ちゃんも私に会いたくて
その時はもう無くなっていた
実家を訪ねてくれたこともあったらしい

そんな合ちゃんが
転勤で福山に住んでいたことがあったことも
今は広島に住んでいることも聞いてびっくり!

 

昨日

45年ぶりに再会を果たしたのです 😀

大人になった合ちゃん!

およそ半世紀ぶり

すっかり大人になって
どこかですれ違ったとしても
お互いに気づくことはないかも知れない

私に至っては当時の面影が
みじんも感じられないほど
相当太ってしまったから 🙁

友達のお店etoneにて
手作りケーキで一緒にお茶を

エトネ

 

お昼休憩に近くの店で見つけた
カエルの置物

カエル

文通していたあの頃を思い出して
二人のを買ってひとつは合ちゃんへ

昔、商店街で一緒に解剖セットを買って
なんかいろいろ解剖してたよね~ 😆

 

 

合ちゃんが大切に机に飾っておいてくれた
私が書いた《詩》を持って来てくれて

思い出

なんだか恥ずかしいけど
あの頃はよく書いていたな

そして、実物はまた見せるねと
こちらも私が贈った自作の本?らしい 😆

思い出転校する前かな
《さよなら号》

思い出このキャラクターは私自身で
《とんちゃん》
この似顔絵?はいつも書いていた 😮

合ちゃんは私のこと
いつも困った時もなんだか上手くいったり
昔から何か持っている人だと

考えてみたらそうかも知れない
確かにそうだったかも知れない

だけど、あの頃の私は

引っ込み思案で臆病で
自分に全く自信が無くて

この世で自分ほど哀れな子はいない
ってほどの被害妄想だったんだ・・・

最後に合ちゃんが言う

『願っていたら必ず叶うものだね。』

そうだね、わたしもそう思うよ

誰の人生にも
その人だけのオリジナルドラマがあり

どうやら最高に作り上げてくれる
脚本家がいるようだね

あの日、涙に暮れていた私を
こんなサプライズで救ってくれたのだから

 

『倒す神あれば、起こす神あり』

When one door shuts,

another opens

人生は、その扉が閉められたとき
もう一方の扉が開くようになっている

それを後押ししてくれるかのように
昨日は、中学の同級生にも何人か
会うことができて

中には偶然バッタリで
お互いビックリだったり

Nくんが亡くなったことを教えて
お互いに元気でいようねと笑顔で別れた

みんな4年前の同窓会で会った同級生

ここ数年で、会いたいと願った人に
次々と会えて、ちょっと怖いな

やり残すことがもう
無くなってしまいそうよ

友達

 

これを読んでくれたあなたも
逢いたい人に逢えますように

最後までよんでくれて
ありがとうございます 😳

 

 

ここに居るということ

満開の桜も
雨が降り、風が吹き

また雨が降って
かなり散ってしまいました

金曜日
本通りの販売で
広島入りしたときには

広島市内の桜は
すでに散っていました

 

遺された手帳に
『春には家族で花見』と
書いてあったという

亡くなった同級生は
家族と花見ができたでしょうか

 

人との出会いは偶然ではなく
必然だとしたら

いつどこに住むかも
全て計られているということ

 

先日、田舎暮らしがしたいという
姪っ子を連れて

夫と三人でおでかけ

御調のお得意さんに
さよりの佃煮を配達し

その先をずんずん進むと

古民家のお蕎麦やさん
《わらべ》があります

わらべ

座敷わらしが出るということで

メディアでも取り上げられ
全国各地からお客さんも増え

店内はいっぱい 😯

わらべ私にとっては
あなたが座敷あらし(笑)

わらべ女将さん、相変わらずお元気そう
実は17年ぶりにここに来ました 😀

わたしは
三色そば大盛り

わらべ三通りの味が楽しめます 😮

姪っ子は
山菜そば大盛り

わらべ

山菜の天ぷらがボーリューミー 😆

一皿350円でおばんざいも楽しめます

できれば1種類~せめて2種類を
ひとつのお皿に乗せるのが理想的

なんだけど

けっこう皆さん
あれもこれもと小皿にてんこ盛り
ちょっとびっくり! 😯

女将さんは特に何も
言いませんが

じ~っとお客さんの顔を見ておられるのは
とても霊感が強い方なんです 😆

では・・・ここで

今、私たちが住んでいる
鞆の浦の家にまつわるお話をしましょう

昔、この場所で本当に体験した
出来事を話したいと思います 😉

あ、決して
怖い話ではありませんよ 🙄

義兄からのご縁で知った
広島の後藤先生とおっしゃる方が

17年前にこのわらべで
講話をされたことがありまして

その時、夫と姉と三人で参加

その頃、私たちは市営住宅に住んでいて
三人の子どもも小学生になり
もっと広い家をと探していたところでした

あちこち随分探し回ったものの
条件に合う場所、家はなかなか見つからず

条件というのは・・・

①、海が見えること

②、家が広いこと

③、畑ができること

実は、鞆の中にこの条件にぴったりで
ずっと前から目をつけていたものの
先に購入された方がおられて

どうにもならないと
諦めていた物件がありました

それでも夫は諦めきれず
ずっと思いつづけてはいたけれど

いい加減あきらめて
新築で家を建てようと
契約の段階まできていたのが
沼隈町という場所

海は近いものの
海を見渡せる場所ではありません

予算からして限られた土地に
そんなに広い家は無理だし

畑ができたとしても
わずか猫の額ほどの
花壇程度でしょう

子どもたちも転校しなければならない

それでもその土地を買って
家を建てようとなんとか決心して
その契約の日に

その講話の日が重なったのです

手付け金と契約は
夜まで待って貰うことにして

この、わらべで後藤先生の
不思議だけど理解できるお話を聞き

最後に、「家を考えているんですが
なかなか思うような物件と出会えなくて・・」

と話すと

先生からの言葉は

「すぐに思うような家に住むことができますよ。」

😯

そうは言ってもなぁ~

と、真っ暗になった帰り道

住宅会社からの催促の電話に
もう遅いからと

翌日に延期して貰い

そこへ、義兄から電話が!

なんでも、居酒屋でばったり出会った
鞆の人が家を売りたいと言っていると

義兄が
あの家、いいんじゃない?
というその家は

そう

夫が私たちがずっと住みたいと思っていた
この家だったのです!

しかも・・・

安く購入することもできて
こんなことってあるんだなぁと
当時は、全ての運を使い果たしたのでは
とも思ったり

その日の出来事を
先日、わらべの女将さんに話しました

女将さんは

「あ~そう
あの時から後藤先生が
ここには座敷わらしがいるよ。
と言われて・・・」

女将さんもよく見かけるように
なったのだそう

トイレに行く途中
左側にその部屋はあり

わらべお人形やお菓子の贈り物が
所狭しと並べられていて

訪れた人たちの名刺が
壁一面に張られている

ノートに名前と願い事を書いたら良いと
言われたけれど

部屋の中に入りいざ
なにを書こうかと考えてみたら

欲しい物は全て足りていることに気づいた

母親、夫、子どもたち
友達、仕事、健康

そして、思い通りの家

私には全て揃っていて
足りないものなんてない

「住む家があって
結婚して子どもが生まれて
ちゃんと子育てして
元気で働いていたら
それはとてもすごいことさ。」

亡くなった同級生が
生前言ってくれたことを思い出して

それが当たり前ではなく
どれほど素晴らしいことかを
思い出させてくれた彼に感謝しても
してもしてもしきれない

今はもういない彼に私ができることは
もう何もなくて

彼が成仏できますように

私に願いがあるとしたら
それしかないと思えてノートに綴っておいた

 

わらべを後にして向かった先は

女将さんの知り合いでもあり
私の福山へ来てからの友達

けんちゃんのいりこ屋を
立ち上げたときから

ラベルシールなどを
デザインしてくれている

はしはらてるみさん

ご主人の写真家
佐々木一人さん

このお二人もかつて
田舎暮らしがしたいと
福山から総領町へ移り住まれた

太陽風自宅に太陽風という
アトリエを作り

薪ストーブのために
薪割りをしたり

野菜やお米も作りながら

できるだけ自給自足の
生活をしている

お二人の作品のハガキを
けんちゃんのいりこ屋でも
販売しています

ちなみに、私が好きな
てるみさんの作品はこれ

太陽風トイレの中にも飾っています 😆

 

田舎暮らしの良い点や問題点
住まいや仕事などの情報を
少し教えて貰い

記念撮影

太陽風

次の予定があったため
かけ足だったけど

今の家を購入できる運びとなったときの
感謝の気持ちを改めて思い起こし

できることならいつかは
人々のために使いたいと
思うのでした

鞆の浦ありがとう

鞆の浦

素晴らしい景色を

きょうもありがとう

 

余談ですが、それから数年後
気功を習い修了証書を手にするとき
後藤先生に再会しました

その時、言われたのは

「素晴らしい海が見えます」
「文を綴ることをしたらよいでしょう」

この二点でした

 

最後まで読んでくださり
ありがとうございました 😳

 

春爛漫~桜咲く鞆の浦で

少し前まで肌寒かったのが
嘘のように

急に暖かくなり

鞆の浦でも桜が満開です

町内の神社の桜も見事に咲き誇り

桜夜桜も楽しめます 😀

いつ植えたのか
畑の桃の花が初めて咲いて

桃の花
友達からもらったタラの木には
次々と新芽が伸びて

タラの芽

フェイスブックからご縁が繋がった
お友達から春の便りが届きました

手紙とても優しい令和の文字

額に納まりきれず折ってしまったけど 😆

こちらは消しゴムハンコで

春爛漫

手紙
どちらも訪れた人に見て貰いたくて
玄関先に飾りました 😉

春爛漫
そんな中、佐賀からお友達が
尾道、福山、鞆の浦へ
来て下さいました 🙂

今年79歳のむっちゃん!

むっちゃん演歌歌手にと誘われたほどの
実力の持ち主で

今まで数え切れないほど
施設へ慰問されたり
ライブをしてこられたそうです

ご自宅にスタジオをお持ちで
カラオケ教室の生徒さん同伴です 😛

一年ぶりに母とも再会

むっちゃん母の方が7歳ほど年上でしょうか

一年前に来て下さったときは
大雨で春の嵐でした

今回はお天気も良くて
良かった~ 😮 ♪

土曜の夜はFB友達が集まって
カラオケに行ってご指導も頂き 😆

むっちゃん記念撮影

翌朝は、鞆の中を少し歩いて
静観寺の桜を見てまわり

むっちゃん

桜の下でお茶をいただきました

静観寺

鞆は猫ちゃんも多く
人なつこく寄ってきます

静観寺こんなとこにも!

静観寺

見えるかな? 🙄

そして、この夜は尾道で
むっちゃんの艶歌です♪

三原、尾道、福山と
たくさんのFB友達が集まって

河野屋さんで食事をしながらの
ディナーショー♪

前座には、ギター弾き語りで
平野さんがご登場~ 😛

ディナーショー盛り上がったところで
むっちゃんが登場!

ディナーショー自前の音響設備を持込で
実に11曲もの艶歌を

次々と披露して下さいました!

夫けんちゃんは
このお歳でこれだけの声量で
休まず歌われることにもびっくり!

心を揺さぶる歌声に
涙を流していました 😥

ディナーショー
艶歌一筋のむっちゃん

艶歌は人生の中で大切なことを
語ってくれていたり

家庭円満であることを
教えてくれる
道しるべのようなものでしょうか

私はまだまだ人生経験と
心の修行が足りないけれど

人生の先輩の言葉
ひとつひとつが心に響いてきました

昨年の豪雨災害では
この日集まった友達の多くも
大変苦労されました

知り合いが亡くなられた方も
おられたり

私個人で言うと
昨年から今年にかけて
ご近所さん、親戚、友達
大切な人が亡くなり

こうして、今年も元気で
遠くから来て下さったことは
とても嬉しくてありがたくて

そして

むっちゃんのお陰でみんなも
笑顔で再会できたことも

何よりもかけがえのない宝だと
そう思えました 😳

来年もまた

逢えるかな

むっちゃん「元気だったらまた会いに来ますよ。」

と、むっちゃん

「目標がないとやっていけないから
約束しましょうね。」と母

わたしも心から願っています

むっちゃんが元気で歌い続けて
母も元気でお店に立ち続けることを

昨日、佐賀に無事到着されたとのこと

鞆の浦には今年もツバメが戻ってきて
お店の横の保命酒やさんの蔵では

さっそく巣作りが始まりました

つばめ

 

 

 

 

今年度最後の日~春

今年度も今日で最後

明日からは4月、新年度

長男も4年目、この度
移動になったようで

徒歩5分から徒歩15分へ 🙄

ん~、恵まれているなぁ~ 😆

 

先日、夫が貰って来たたくさんの黒豆

初めてストーブで炊いてみました 😉

 

黒豆なんかわからないけど
上手くできた! 😮

黒豆ふっくら~

つやつや~

もしかして
これのおかげかな?

黒豆
初めてなのに調子に乗って
ちょうど訪ねて来てくれた友達に
大胆にもお裾分け 🙂

 

黒豆

まだ寒い日があるけど

朝市にはせりや菜の花なんかの
春の野菜が並んでいて

菜の花

春の野菜

せり

春の野菜スープや

春の野菜味噌汁に

テレビで観て、今年初めて
根っこもそのまま入れてみました

土手や山には

つくし

つくし孫が半分あげる!と
持って来てくれました

つくしといえば・・やっぱり

つくし

卵とじ!
甘さとほろ苦さがマッチ 😉

軽トラ市で買ったおからも炊いて
春の野菜ちょっとしたおかずになりました 😉

 

畑のタラの木には
いつの間にか

タラの芽

春の野菜

天ぷらが美味しい

揚げ物は滅多にしなくなったから
フライパンで少ない油で

夫はよもぎが好きな人で
味噌汁にもそのまま入れてと言うくらい

よもぎ

よもぎ天ぷらにしたら

とってもあま~い香りがしてきます

それに

よもぎきれい 😳

衣があまったら最後はいつも
いりこにします

いりこ出汁をとった後のいりこでも
柔らかくてよいかもしれませんネ!

とっても香ばしくって

いりこおすすめです 😉

新玉と海老も揚げて
春の天ぷら

天ぷらサックサク~ 😆

4月5月はちょっと忙しくなります

今のうちに時間を見つけて
色々と整理整頓しましょ♪

大阪のお友達から今まで頂いた
すばらしいお手紙を整理しました

手紙

インデックス付けたのは
季節ごとに時々
額に入れて飾りたいから 😮

その友達の友達で友達の
ばっちゃんのは反対側に

手紙

飾るのが楽しみです

あ、がほしいな(笑)

味噌汁が美味しいカフェ♪くまのげんき

今日はお店は定休日だけど
お天気も良く

配達といくつかの用事を兼ねて
夫と福山の熊野町方面へ♪

ちょっと遅めランチは
熊野にオープンされた

えんがわカフェ
『くまのげんき』

えんがわカフェ周りは田んぼと畑ばかりの
のどかな風景の中にある民家です 😀

 

以前からうちのいりこを買って下さっていたという
このカフェのオーナー森田さん

熊野でカフェをしようと思うので
いりこを使いたいと電話を頂いて数ヶ月

どうされたかなぁ~と気にしていたら

先日、友達の瞳ちゃんが投稿していて
オープンされていたことを知りました!

ゆったり静かにくつろげる空間で
あまり忙しくなりすぎたら
ちょっと困っちゃうかもしれませんね

えんがわカフェみんなが元気になってくれるよう
想いを込めて作られた空間なんですね~ 😆

宣伝は特に何もしていないのだけど
それでも1日10食限定の『えんがわセット』は
予約だけですでにいっぱいに
なってしまうほどの人気ぶり 😯

それもそのはず・・・

材料にもこだわり

えんがわカフェお値段もリーズナブルですよね 😮

運ばれてきたら
うわあ~
と、おもわずほっこり 😳

えんがわセット

えんがわカフェまんまるいおむすびが可愛いっ!! 🙄

甲谷米といって、その昔
福山藩に献上されていた
地元のお米なんだとか

ねばりがあって美味しい~ 😆

では、右から

えんがわカフェこのお味噌汁(今日は豚汁)に
けんちゃんのいりこが使用されていて

ほっこり和む出汁の優しさを感じます 😳

前の晩から頭と内臓を取って
水につけているのだそうです

本日のメニューです

えんがわカフェ『鞆の浦けんちゃんのいりこ屋』の
いりこと紹介して下さっていて
嬉しいですね 😀

真上からもどうぞ!

えんがわカフェ里芋のコロッケはまるで
クリームコロッケのようにトロトロで

わけぎの味噌も初めてで美味しい!

女性にはちょうど良い量ですね 😉

男性や大食いの方は
プラス、手作りカレーもお勧めです

ちょっと甘めの『えんがわカレー』と
スパイシーな『スリランカカレー』があります

夫が選んだのは

えんがわカレー

えんがわカフェ

お、お、お・・・

まるで、おっぱい!?

阿伏兎観音のおっぱいに
ちなんでいるようですね 😉

えんがわカレーは挽肉で
ぴりっとスパイスも利いているけど
甘さもありいくらでも食べられそう 😛

カレーは700円なので
セット&カレーもいけそうです 😉

えんがわカフェ

食後のコーヒーは、200円で♪

えんがわカフェ手作りのミニクッキーがついています

今日は、(カリン、梅、胡麻)

ケーキセットもあります 😉

縁側でまったりしていると
そのまま寝てしまいそう 😆

和室二部屋にもテーブル席があり
子どもさん連れも
気兼ねなくご利用できます

スタンプカードもあり

えんがわカフェ

枠がいっぱいになったら
コーヒー券がもらえます

えんがわカフェ

営業日を確認して下さいネ!

えんがわカフェを後にして

夫につきあい
この地域のお得意さんを数軒小売り

かつて昔は、夫が開拓したお得意さんが
熊野にはたくさんおられました

同じく小売りしていた他業者さんから

あそこで買うなと
根も葉もない噂を流されて
たくさんのお客さんを失いました 🙁

そんな中でも、信じて
「お宅のがやっぱり美味しいから」と
買って下さる方もいて

電話を頂いたお宅だけ
伺うようにしています

皆さん、もうご年配の方々で
「しばらく来てくれんから待っとったんよ」

と、おっしゃっていました 😐

鞆への帰り道は
グリーンラインへ

昨年の豪雨災害で崩れた場所は
まだ手つかずの箇所もあり

この絶景を早くどこからも登って
見ることができるようになれば
良いなあと思います

ここは夫がおすすめの場所

右には

内海大橋

内海

左には

鞆の浦

鞆の浦
パノラマにしてみたら・・・

パノラマわかりにくいけど

道路を挟んで左右が海です

帰り道は山道で酔ったけど 😆

良い景色をありがとう!

そして、えんがわカフェ

友達同士でカフェなんて
すてき 😳

鞆だちと鞆でできたら
楽しいだろうなあ~

すばらしいこの環境で
お二人で沢山の人を笑顔に

これからもがんばってください 🙂

えんがわカフェ

食べれる?食べれない?

昨日17日で
鞆のひな祭りも終わり

今日は姉も来てくれて
お雛さまを片付けました

あっという間の
1ヶ月でした 🙄

 

片付け終わって母と三人で
お店でおやつを食べました

おやつ

今春はまだまだ寒い日が多かったけど
春はもうここまでやって来ていて

夫も急いで畑の整理を

春菊や毎年抜いてくる雑草?

春菊は味噌汁に入れたり
新玉葱とスープにして

春菊春の菊と書くだけに
春の香りがするようです

そして雑草なのかなんなのか

植えた覚えはないけれど
毎年春になると伸びてくる

雑草菜の花のような
大根菜のような

ぴりっと辛みがあります

半分は茹でてマヨネーズで
もう半分はごま油で炒めて

雑草

シャキっとした部分と
トロっとした部分があって

けっこうイケます 😆

でもなんの葉っぱなのかは
未だにわからず・・・

書籍から本を探して
調べてみたけれど

雑草
やはりわからなかった :mrgreen:

たくさんありすぎて
残りはピザトーストなんかにも
してみよう!

雑草もちろん《ちりめん》は欠かせない

さらにさらに上にもとろけるチーズを

雑草あみえびの粉も香り付けと
彩りに 😉

雑草これはイケる!!と
夫も大満足 😮

夫が畑から採ってきたのは
雑草だけではありません!

切った木に生えていたという
キクラゲ?のようなキノコ

キクラゲ

水に浸すと
ぷるんと大きく膨らんで

見た目はまさにキクラゲだ! 😯

FBでこの画像を載せたところ
キノコは素人判断は危ないとの意見多数

きのこ辞典で調べてみると

キクラゲ春~夏にかけて
ブナやミズナラの倒木、切り木
枯れ木に群生するらしい

やはりキクラゲか?

一方、ネットで調べてみたら
キクラゲに似た毒キノコもあるらしい

こちらは夏から秋にかけて
とは書いてあるけど

季節は最近わからないからなぁ~

夫が大丈夫というので
たぶん大丈夫だろうという思いで

調理することに 🙄

鶏むね肉を酒につけて
柔らかくして片栗粉まぶし

彩りよく野菜と一緒に炒めてみた

キクラゲ仕上げは霊芝入りの黒酢で 😉

見た目は美味しそうだけど?

やっぱり怖いから
夫が食べた30分後に何ともなかったら
わたしも食べようかな!(笑)

それがなんと!

もうすでに毒味済みらしい 😯

水で戻していたのを
つまんで食べてみたんだと

「毒があったらいけんから
先に食べてみたから大丈夫!」

って・・・ 🙁

いやいやいや~ 😆

 

今朝、浜で貰ってきた
自家用のでべら一夜干し

でべら

 

こちらも焼いて夕飯に

でべらキクラゲ?

コリコリしてて最高に美味しい!

市販のより断然美味しいんだけど~ 😆

きっと、たぶん

キクラゲだったんだろうね?

でも、これを読んだ皆さんは
あまり真似しないでね

キクラゲにちょっと似た
『クロハナビラタケ』は毒キノコよ

色は黒いのと生え方が違うみたい

間違えないでくださいね 😉